Biwa-song (Biwakou)
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作者 | 橋本関雪 Hashimoto Kansetsu |
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制作年 | 明治43年 1910 |
種別 | 日本画 Japanese painting / Folding screen |
作品寸法 | H 150.0 ✕ W 334.0(✕2)cm |
備考 | 画題となる「琵琶行」とは、「琵琶の詩」という意味。中国中唐の時代(816頃)に白居易(白楽天)により作られた長編叙事詩。内容としては、江州司馬に左遷された作者が落ちぶれた長安の名妓の弾く琵琶を舟中に聞いて,わが身に引比べるという内容の 88句から成る七言古詩。後世の戯曲,小説や,また日本文学に大きな影響を与え,西欧にも早くから紹介されている。 江州は、現在の九江市の辺り。上海から西へ向かう景徳鎮市の少し向こう側。当時の都は長安、つまり今の西安市にあり、そこから外れた辺境の地に司馬(地方官)として左遷された時の出来事を綴る。この左遷については、白居易の友人である元稹が「聞白楽天左降江州司馬」という誌を遺している。 関雪は本作の制作当時、日露戦争従軍を終え神戸から東京に戻るが、画業のほうが今ひとつ上手く行かない時期であり生涯最大の困窮を極めていたという。その状況が、悲哀や懐古に結びつく画題を次々と生み出していったのではないだろうか。 場面は、琵琶行の中から「沈吟放撥插絃中 整頓衣裳起斂容 自言本是京城女」の部分が描かれている。画面全体に風が吹き、上空に浮かぶ月にかかる雲が流れて、右隻の水面に白い月明かりが射し始めている。この後女の語りに合わせるようにして、まるで舞台のライトのように白居易達の辺りまで煌々とした月明かりが広がるドラマティックな場面である。下記に全文を記すので参考にして貰いたい。 【琵琶行全文】 潯陽江頭夜送客, 潯陽江の近くで夜に客を見送ることになり 楓葉荻花秋瑟瑟。 見れば紅葉の楓や荻の花に、秋の寂しい風が吹いていた 主人下馬客在船, 見送りの主人が馬を下りたとき客はもう船に乗っていて 舉酒欲飮無管絃。 杯を挙げ飲もうとしたけれど音楽がなくて何か寂しい 醉不成歡慘將別, 酔っても愉しくなく惨めな別れになりそうで 別時茫茫江浸月。 別れが近付くと茫茫とした江の水面に月が沈むのが見えてきた 忽聞水上琵琶聲, そのとき、水上から琵琶を奏でながら歌う声が聴こえ 主人忘歸客不發。 主人は帰ることを忘れ、客は出発するのを気づかずにいた 尋聲闇問彈者誰, その声の主を知りたくて、誰が弾いているのかと尋ねると 琵琶聲停欲語遲。 琵琶も歌声も止んでしまい、語ろうと思ってたのに返事もない 移船相近邀相見, 船を動かし近づいて奏でていた女を邀え見て 添酒迴燈重開宴。 酒を増やし灯の油を足して宴を重ねることにした 千呼萬喚始出來, 数え切れないほど何度も呼びかけて女はやっと出てくるが 猶抱琵琶半遮面。 まだ琵琶を抱え込んで、それで顔を遮っている 轉軸撥絃三兩聲, 絃の軸をしめなおし音を合わせ絃を撥して音を確かめる 未成曲調先有情。 まだ曲というものではないが、情緒を感じさせる 絃絃掩抑聲聲思, どの糸の音も抑制され、どの糸の音色も沈鬱さを窺わせ 似訴平生不得志。 叶えられなかった怨念を訴えているかのようだ 低眉信手續續彈, 眉低く柔和な表情だが、手がかってに動くかのように次々と弾いている 説盡心中無限事。 心中の限り無い事どもを、そこに言い尽くそうとしているのだろうか 輕隴慢撚抹復挑, 軽ろやかに引き締め、緩やかにはらって奏で 初爲霓裳後綠腰。 初めは霓裳の曲で後は六幺の曲となる 大絃嘈嘈如急雨, 太い絃は、騒々しく鳴り、急雨が降りかかるようで 小絃切切如私語, 細い絃は、秘やかに囁くようで、内緒話をしているようだ 嘈嘈切切錯雜彈, 嘈嘈とした激しい音と、切切とした秘やかな音が入り交って弾かれ 大珠小珠落玉盤。 大小の真珠が大皿に散らばり落ちるようにも聞こえる 間關鶯語花底滑, 鶯の鳴き声が、花の下で滑らかに流れているようにも聞こえ 幽咽泉流氷下難。 ときには涌水の氷下では流れが滞るように咽び泣くように聞こえる 氷泉冷澀絃凝絶, ついには凍った泉のように、絃の音が滞って絶える 凝絶不通聲暫歇。 音も凍り付いたかのように、留まり暫くして止んだ 別有幽愁暗恨生, 演奏とは別の、深い感慨が湧きあがってくる 此時無聲勝有聲。 時には、声が無い方が声があるのに勝ることもある 銀瓶乍破水漿迸, 銀色の瓶が突然、割れて飲み物がほとばしり散り 鐵騎突出刀槍鳴。 武装した軍馬が突撃して、刀や槍が触れ合う音が鳴る 曲終收撥當心畫, 曲の最後にくると撥を払い中心をかき鳴らしておさめた 四絃一聲如裂帛。 四絃のすべてが一斉に叫ぶような声をあげる 東船西舫悄無言, 東の船や西の船など周囲の船は、無言で 唯見江心秋月白。 ただ、長江の中心に秋の月が白く浮かぶのを見るだけだ 沈吟放撥插絃中, 沈吟してバチを止め、絃の中に挿しこみ 整頓衣裳起斂容。 衣装を整えて起って容を斂める 自言本是京城女, 自ら語るに、本は帝都に住んでいた女とのこと 家在蝦蟆陵下住。 住居は、蝦蟆陵の下にあり、そこに住んでいた 十三學得琵琶成, 十三歳の時、既に琵琶は一流になっていて 名屬教坊第一部。 その名は、教坊の上位の集団に屬していた 曲罷曾教善才伏, 曲の演奏が終わると、かつては師匠を感服させたこともある 妝成毎被秋娘妬。 化粧して衣装を調えると美しさから、いつも杜秋娘に妬まれた 五陵少年爭纏頭, 長安郊外の五陵に住む豊かな若者は、競って心付けをし 一曲紅綃不知數。 一曲終わる毎の紅い綃の心付けは、数えきれなかったものだ 鈿頭雲篦撃節碎, 螺鈿の簪を打ち拍子をとっては簪が碎けて 血色羅裙翻酒汚。 血の色をした衣装に、酒の汚れがあるほど歓楽の日々だった 今年歡笑復明年, 今年の歓楽の日々は、翌年も続いていたものだ 秋月春風等閒度。 秋の月や春の風と季節を眺めている内に、年月は過ぎ去ってしまった 弟走從軍阿姨死, そんな生活のうちに弟は從軍して、阿姨は死んでしまった 暮去朝來顏色故。 月日が過ぎ去って行き、容色が衰えてしまった 門前冷落鞍馬稀, かつて訪問客が並んだ門前は寂れ、馬に乗った金持ちの客は稀になり 老大嫁作商人婦。 大年増になって嫁入りをし、商人の妻となる 商人重利輕別離, 商人は情誼よりも利益を重視するから、別れて住むことを厭わない 前月浮梁買茶去。 前月に浮梁へ茶を買い出しに出かけていったままだ 去來江口守空船, 川辺を行き来して、独り寝の日を送っている 遶船明月江水寒。 月明かりに舟をめぐらせば、川の水は寒々としている 夜深忽夢少年事, 夜が深けると、すぐに若かった時の事柄を夢に見る 夢啼妝涙紅闌干。 夢で泣けば、実際に涙が出、化粧の上を止まるところなく流れてくる 我聞琵琶已歎息, わたしは琵琶の音色を聞いただけで、歎息が出ているのに 又聞此語重喞喞。 さらに語ることばを聞いいて、重ねて歎息が出てくる 同是天涯淪落人, ともに落ちぶれ果てて地の果てを流浪して 相逢何必曾相識。 巡り逢っても、知人になることもない 我從去年辭帝京, わたしは、去年帝都を去ってから 謫居臥病潯陽城。 誅され、潯陽の街で病で臥せっている 潯陽地僻無音樂, 潯陽は、辺鄙なところで、趣味の音樂などは無く 終歳不聞絲竹聲。 一年中、管絃の音楽を耳にすることはない 住近湓江地低濕, 住んでいるところは、江に近く低濕地となっていて 黄蘆苦竹繞宅生。 黄色く枯れた蘆や芽筍が家屋を繞って生えている 其間旦暮聞何物, その間の朝から夕べまで、何を聞いているかといえば 杜鵑啼血猿哀鳴。 杜鵑が啼いて血を吐き、猿哀れっぽく鳴く 春江花朝秋月夜, 春の川の流れに、花咲く朝、そして秋月の夜と 往往取酒還獨傾。 しばしば酒壷を取って、なおも獨りで盃を傾けて飲んでいる 豈無山歌與村笛, どうして山歌や村笛が無いのか、いや、あるにはあるが 嘔唖嘲唽難爲聽。 ギャアギャアと雑音みたいなもので聴きづらい 今夜聞君琵琶語, 今夜、あなたの琵琶の音色を聞いていると 如聽仙樂耳暫明。 仙樂を聽いているようで、耳はしばらく鮮明だ 莫辭更坐彈一曲, 辭去しないで、坐ってもう一曲彈いてほしい 爲君翻作琵琶行。 君の爲に楽を、詩に翻して琵琶の行(うた)を作ろう 感我此言良久立, わたしの言葉に感じ入ったか、しばらくたったままでいたが 卻坐促絃絃轉急。 座について、弦をしめてたちまち急に転じる 淒淒不似向前聲, 激しい弾き方で、さっきとは全く違った調べで 滿座重聞皆掩泣。 その場の者全てが重ねて聞き皆、顔を掩い涙を流し泣いた 座中泣下誰最多, 座中で、流す涙が多かったのは誰だろうか 江州司馬青衫濕。 江州の司馬が着ていた青衫は涙で濕っていた |